イライラと青とビデオテープ

 

放課後、僕はなぜか家へ帰る気がしなかった。まだ6月なのに妙に暑かったせいか、

頭がぼやーっとしていて、帰り支度もだらだらとバッグをかきまわしたりしている。

「……」

ちょうどそんなことをしていると、バッグから一冊の本が出てきた。

”ああ、そうだ。これ瑠璃子さんに返さないと…”

ぼんやり考えながら本を机に置いた。

『大豆レシチンと仏教』

よくわからない本だった。

本の内容を思い出しながら教科書類をつめこんでいると、いつの間にか帰り支度ができてしまった。

仕方なく、バッグを肩に掛けて左手には本を持ち、フラフラと教室を出る。

まだ教室に残っているのは数名の女子だけだった。

 

「あ、祐クン!やっほー」

「やあ沙織ちゃん」

僕は教室を出たところででっかいバッグを抱えた沙織ちゃんを見かけた。

僕は少し立ち止まり、彼女がこっちへ来るのを待ち、来たところでまた歩き出した。

沙織ちゃんはいつもながら元気だ。(というより元気ないところとか病気したところとか、見たことない)

「これから部活?」

「そー。今日もスパイク撃つわよー」

右腕をブンブン振り回しながら言う。勇ましいことだ。

「そういえばさっき太田さんが死にそうな目をしてフラフラと生徒会室行ったけど、何かあったの?」

「さっきの物理、電波の話だったんだ」

「……なるほどね」

太田さんは授業中、また壊れるんじゃないかと思うくらい苦しんでいた。

保健室行けばよかったのにと授業後に言ったら、それはプライドが許さないとか言ってた。よくわからないと思った。

「電波拒絶症?」

「うん、今度太田さんの前で『でんぱっぱー』って言ってみて。はっ倒されると思うけど」

「ふふ、面白そう。やってみようかなぁ?」

沙織ちゃんはいたずらっぽく笑ってみせた。

「ところで祐クンは帰るの?」

「帰るけど、その前に本を返さなきゃ」

すると、沙織ちゃんは妙に感心する。

「本、読むんだ」

「瑠璃子さんに借りたんだけどね」

「どんな本?やっぱり電波関係?」

「いや、こういうやつ…」

僕は表紙を見せる。

「……何コレ」

沙織ちゃんの反応ももっともだった。大豆と仏教じゃなぁ…。

「いや、僕が聞きたいくらいなんだけど…」

「…そう」

「そう」

「あ、今度本貸してくれない?あたしって本読まないからこのままじゃ教養のない女になっちゃう」

「沙織ちゃんは教養がなくても生きていけるよ」

僕はいい笑顔で答えた。

「どういう意味?」

彼女は口をとがらせ、声のトーンも落とし気味に言う。

「沙織ちゃんはもっと原始的に生きる道を見つける方かな、って。あ、それじゃ僕こっちだから、じゃあね!」

「あっ、逃げるなっ!」

沙織ちゃんに捕まらないように、屋上へ続く階段の方へ駆けだした。

「もぉ…、じゃあね、祐クンー」

「また明日ー」

沙織ちゃんに手を振り、僕は階段を上り始めた。

さっきまでのだるさはふきとび、体も軽くなったような気がした。沙織ちゃん効果…かな?

 

 

「……ってつい屋上来ちゃったけど」

どうも瑠璃子さんは屋上のイメージがあって、こっちへ来てしまう。

「……」

昼間の暑い嫌な風も夕方近くなって少しずつ柔らかくはなってきたが、湿度が高いため、さほど心地よくはない。

「はぁ、瑠璃子さんがいるワケない…」

「やぁ長瀬ちゃん」

「いるんですね…」

瑠璃子さんは赤いフォーマルスーツにオリハルコンの剣装備という格好で威風堂々としていた。

ワケはなく、いつものようにフェンス脇で一人立っていた。

放っておいたら空気と同化しちゃうんじゃないかなぁ、とか思う。

「どうしたの長瀬ちゃん?」

瑠璃子さんの髪は湿気を含んだ風でもさらさらとなびいている。

「んーと…」

僕はフェンスに寄りかかった。

「エビ天ごっこ?」

「何…それ」

「違うの?それじゃ逆立ちして『俺は世界を持ち上げたぞー』っていう…」(ベタやな)

「あの、本を返しに来たんだけど…」

僕は左手に持っている本をあげて見せた。

「はい、ありがとう」

「どういたしまして」

本を手渡すとき、手が少し触れた。こんな暑かった日でも瑠璃子さんの手はやっぱり少し冷たかった。

「……」

「……?」

僕はこのまま帰ろうかどうか思案していると瑠璃子さんは僕の顔をのぞきこむ。

「私に遠慮しないで逆立ちしていいよ」

「しないってば」←疲れてきた

瑠璃子さんはくすくす笑った。彼女は僕にそんなことをやらせたいのだろうか。

そして、くすくす笑ったかと思うと、本をバッグにしまって、また外を焦点の合わない瞳で見始めた。

「今日は暑かったね」

なんとなく、このままだと妙な沈黙が訪れそうだったので僕は沈黙へ先手を打った。

しかし、なんでこんな言葉しか出てこないのかとも思う。社交辞令並につまらないセリフだと思った。

「暑かったね」

少しこっちを見てゆっくりとそう言い、また正面へ向き直る。

「なんでこんなに暑いんだろ」

僕がよくわからないことを言うので瑠璃子さんはまたくすくす笑った。

「長瀬ちゃん、天文学の勉強したいの?」

「そうじゃなくて、ただなんでかなって」

そんな細かく知りたいわけじゃない。

「じゃあ、        してるっていうのは?」

「え?ごめん、聞こえなかった」

ちょうど僕はフェンスによりかかり直したのでその音で聞き取れなかった。

「イライラしてるっていうのはどうかな?」

「え?」

また聞き返してしまった。さっきと話が飛びすぎて意味がよくとれない。

「イライラしてるってのいうのはどうかな?」

律儀にも全く同じ抑揚で言ってくれた。

「いや、えっと、よく意味がわからないんだ」

「全部。全部イライラしてるから暑いんじゃないかな?」

瑠璃子さんの言葉に賛成するかのように、すぅ…と風が抜けた。

「全部って?」

「長瀬ちゃんも、みんなも、もちろん私も」

でも、そう言ってる当の本人が全然イライラしてないように見える。

「そうかな?ちょっと違うと思う。それじゃ冬はみんな悲しいの?」

瑠璃子さんは夕暮れにもかかわらずあまりまぶしくもなく、ただ赤を放つ太陽を見ながら数秒の間をおいて言った。

「……じゃあ地球かな?」

「……」

「地球がイライラしているときは夏で、悲しいときが冬。ほら、めでたしめでたしだね」

「…うーん」

瑠璃子さんの考えつくことは核をとりまく粘膜みたいで、理解しにくい。

本の中の世界と現実とが交錯しているのかとも思ってしまう。

「夏でも涼しい日とか、冬でも暖かい日とか、そういうときもいろいろ当てはめてみればわかるよ」

「夏涼しいのは、地球が落ち着いてる日…?」

「うん。冬暖かいのは、いいこと…、例えば誰か友達の星に会えた日かもしれない」

よくわからないけど、なんとなくわかるような気もしてきた、かな?

「雷雨はすごく怒った日だね」

「じゃあ天気雨はもう何がなんだかわからなくなっちゃった日?」

僕の方を見て、くすっと笑った。

「ね?だから今日は暑いんだよ」

「そうだね。だから暑いんだ」

僕はなんだか妙に納得してしまった。瑠璃子さんと一緒に考えているうちに、その方が自然だなぁと思ってきたのだ。

瑠璃子さんの持つ特有の雰囲気のせいだろうか。

「……」

瑠璃子さんはいつもこんなことを考えながら毎日を過ごしていたのだとしたら、僕はもっと早くに知り合いたかった、と思った。

「…どうしたの?」

ふと、瑠璃子さんと目があった。

「瑠璃子さんって面白いよね」

「そうかな?」

”んー?”と、自分の体を見回す。

「ほら、そういうところも」

瑠璃子さんの頭には”>”…もとい”?”がいっぱい浮かんでいるみたいだった。

きっと面白いなんていわれたことがなかったのかもしれない。

「あ、そういえば瑠璃子さんはどうして屋上にいたの?」

瑠璃子さんは自分を見回すのをやめ、こっちを向いた。

「どうしてかな…?色があるから…かな」

「色?」

まだ他にも瑠璃子さんは面白いことを考えているらしい。

「そう、長瀬ちゃんも色あるでしょ」

「うん、そりゃあるよ」

というよりも何にだって色はあると思う。

「色って言っても、二つ目のことだけど」

「二つって?」

「一つは見た目。二つ目は、心の色、かな」

「……」

「長瀬ちゃんは少し暗い青だね。昔はもっと黒がかってたけど薄くなったかな」

「見えるの?それって」

心の色なんて言われたのは初めてだ。

「わからない。でも長瀬ちゃんは青」

きっと焦点の定まらない、その瞳には、僕には見えない何かがうつっているんだろう。

本当、不思議な人だ。

「じゃあ瑠璃子さんは?」

「私は…私も多分青かな。長瀬ちゃんと同じだもんね」

「じゃあ瑠璃子さんは透き通った青だね。なんとなくだけど」

瑠璃子さんは透き通った青。言ってから再びその瞳を見ると、それで合ってると確信した。

「人はみんな色を持ってる。そして他の人と混じる。ある人は自分の色をその人の色と混ぜて自分を変える。ある人はそれを嫌って自分の色を守り続ける。ある人は自分から色を変えていくの」

それじゃ昔の僕は、自分で色を濁らせてたってワケだな、と自らを嘲った。

「…」

やや、間があった。

「私はそれを見てたの」

瑠璃子さんは、赤くてぼぉっとした夕陽に照らされていた。

「見てた…って」

その言葉を聞いて、僕は突如寂しいような気分に襲われた。どうも今日の僕は情緒不安定らしい。

「?」

「見てたなんて…」

瑠璃子さんは僕を見て心配そうな顔をしてくれた。

「瑠璃子さんだって、当事者だよ!そんな言い方、まるで…」

”見てた”なんて、自分はこの世界から一歩退いた存在だと言っているかのように僕には思えたのだ。

「どうしたの長瀬ちゃん?」

「それじゃ瑠璃子さんがこの世界の人じゃないみたいじゃないか」

「……」

瑠璃子さんは黙ってしまった。

「だからやめてよ、ね」

「わかった、長瀬ちゃんがそう言うなら…」

今、こういわなかったら瑠璃子さんが本当に遠くへ、行ってしまったかもしれない。僕は本気でそう思った。

でも同時に、今、言っておいてよかったとも思った。

「ごめん、よくわからないこと言っちゃって」

「いいよ、気にしないで」

瑠璃子さんはフェンスから離れた。

「いるよ、私は」

そう言って瑠璃子さんは僕に背を向けて正面から寄りかかってきた。さらさらの髪が風にながれて僕の肩にあたる。

「あっ、と…」

瑠璃子さんの行動に僕は少し焦っていると、さらに手を握ってきた。

「ね?いるでしょ?」

「あ…。うん、いるね」

瑠璃子さんの手はやっぱり少し冷たい。

「長瀬ちゃんの手は温かいね」

「瑠璃子さんのは、冷たい」

「冷え症だから」

「…う、こういうときに突然現実じみたこと言わないでよ、瑠璃子さん…」

「?」

場をよむってことを知らないんだよなぁ…。

「………」

「……」

 

そのまま、ぼーっとグラウンドの方を見ていた。

野球部なんかはまだまだ気合い充分で、あの野球部独特のかけ声がここまで聞こえてくる。

対照的に、やる気のない部はさっさと片づけを始め、すでに帰る気合い充分というところもある。

両方とも、ここからだとよく見えた。

日常ってこういうことかな。

そんなことを、漠然と思っていた。

「ねぇ瑠璃子さん、聞いてくれる?」

「何?」

瑠璃子さんはかすかに、ゆりかごのように体を横にゆらしていた。

「この世界ってさ、本当はもう全部できあがってるんじゃないかな」

他の人に言ったら、ワケわからんと言われて終わりなのは目に見えている。

でも瑠璃子さんならこの話を聞いてくれると思った。

「僕たちが偶然とか奇跡とか思ってることは実はもう全部決まっていたことだった、とか」

「うん」

「この世界の全てがビデオテープみたいなものに収められていたもので、今はそれを再生してるだけなんじゃないか。そう思うことがあるんだ」

「それじゃ、私たちを誰かが見てるの?」

「そう」

なんだか、このまま話すと宗教の勧誘みたくなってしまうような気もしたが、もちろん僕にそんな気はない。

「…そうかもしれないね」

瑠璃子さんはつま先で軽く床をトントンとやった。

「でも、一つだけ間違ってる」

「え?」

「今は再生中じゃなくて録画中だよ」

「…」

「だからもしかすると予想外のことも起こるよ」

「そう…?」

「そうだよ」

屋上にきたときよりも風が強くなってきていた。

それにともなって瑠璃子さんの髪もいっそうなびく。髪のなびく量で風力測定できそうだ、とか不謹慎なことが頭をかすめた。

「それにきっと出来事を決めて、録画してる”誰か”の予想外に起きてしまったことを奇跡っていうんじゃないかな」

「予測できなかったこと…」

「そして奇跡はいいことばっかりじゃないよ」

瑠璃子さんは手をきゅっと強く握ってきた。

「それは……」

『電波のこと?』と聞こうとして、やめた。

そんなことわかりきっていたし、何より瑠璃子さんは”いいことじゃない”と言っているのだから口に出すべきじゃないと思ったからだ。

「だから、離しちゃ嫌だよ。私がどこかへ消えないように、奇跡が起きないようにね」

「…うん。そんな奇跡は起こさせない。絶対」

今度は僕が手を強く握る番だった。

「信じてるよ。長瀬ちゃん」

僕は手を離し、瑠璃子さんをこちらへ向けた。

そして、両腕で抱きしめた。

瑠璃子さんは少し困った表情をしてたけど、離す気はなかった。

 

 

ビデオテープは録画中。

まだ、何が起こるかわからない。

わからないけど、今は瑠璃子さんがここにいる。

 

そして、僕にできることはこの”透き通った青”がどこかへ行ってしまわないように、強く抱きしめる。

フッと消えてしまわないように、奇跡が起こらないように、だ。

 

 

イライラと青とビデオテープ、今日はそういう日だった。

 

終わり

 

 

「ところで、また本借りる?」

「…いや、あの、えーっと……」

微妙に奇跡かも。

 

 

 

 

 

 

 

おまけ:長瀬祐介の質問コーナー

「沙織ちゃん、一つ聞いていい?」

「なーに?」

「僕の弁当食べた?」

どふっ。←攻撃

「私がそんなに飢えてるように見える・・?」

「いえ・・・ごめんなさい・・・」

おまけ:終わり

 

おまけ2:長瀬祐介の質問コーナー2

「月島さん、一つ聞いていいですか?」

「なんだい長瀬くん」

「生むぎ生ごめ・・・?」

「生るりこ」

すたすたすたすた・・・・・。

 

いや、予想はしてたけど、社会に出てから大丈夫かな、この人・・・

おまけ2:終わり

 

 

コメント:

コーンフレークにちは(こんにちはのつもりらしい)、音速秘書です。

今回は雫で、しかも妙な話になりました。

といっても、瑠璃子さんの言ってることは、ほとんど私が普段思ってるようなことを少し言い換えてみただけのものであって、

彼女がほんとにそんなこと思ってるかどうかはわかりませんので、そこんとこはご了承下さい。

そして、最初の方に出てきた沙織ちゃんが本編と何の関係もなくなっちゃったのもご了承下さい。ほんとはもう少しつながりを持たせたかったんだけどなぁ…。

やっぱり私にはこういう話を書くのは無理があったっつーことですね。

 

雫が世間的にあんまり認められてないような気がするのは私だけですか?

それでは、また今度。


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